2018年 05月 13日
春の山 2018 |
今年は春から山の様子が妙に気になり、山に入りたくてたまらなくて休みになるとはあちこち出かけている。
花はダンコウバイ、サクラ、イカリソウにショウジョウバカマ、イワカガミ、イチリンソウ、ニリンソウなどの季節を経て、いまはフジ、タニウツギなどが甘いにおいを放っている。
山菜はフキ、ワラビ、ゼンマイ、ワサビ、タラの芽、ギボウシなどが以前に比べて少しだけ増えた気はするのだけど、昔に比べるとまだまだ数は少ない。
たくさん落ちていたヤシャブシの実を持ち帰り、布を染めてみたらいい色が出たので、二週間後にまた拾いに行ったらあれだけ落ちていた実が何故だか跡形もなく消えていた。散々歩いて探し回るも地面に潰れていた実までも全く見当たらないのが謎である。
場所を変えて少し標高の高いところ行くとまだたくさん落ちていたので多めに拾ってTシャツを染めると良い感じに染まってうれしくなる。色に化学染料には出せない味のようなものがある気がして、眺めていても飽きない。
そうなるといろんな植物からどんな色をもらえるのか気になってくる。たのしいあそびをまた山でみつけてしまったみたいだ。
川辺にはシカ、イノシシなどの骨が転がる中、はじめてツキノワグマの頭骨に出会うことができた。
雨風にさらされて川に流されてあちこち欠けた頭骨に一本だけ残された歯を抜いてよく見ると、ドングリなどの木の実を食べていたであろう痕跡があった。
生きているときには決して触れることのできない、野生のツキノワグマの生きた証がじぶんの掌の中に在ることがなんだか不思議で、たまらなく愛おしくなる。
3〜4年ほど前にイノシシとシカなどのケモノの気配が濃かったいつもの野営場ではなんだか気配が薄く感じられた。春になって雪が溶けるとあちこちに散乱していた骨はよく探さないと見つからず、糞や足跡もだいぶ少なくなっていた。
去年、今年と寒い日が続き、雪がたくさん降り積もったことと関係があるかもしれない。
しかし、そこから少し標高の低い河原ではシカやイノシシなどの足跡とイノシシが土をほじくり返した痕跡がたくさん見られた。
ケモノの気配が少なくても寂しいけど、ケモノが多すぎると食べれる植物が減って毒草だらけになってしまうのも寂しい。なんとかバランスよく共存できればなぁとおもう。願わくはにんげんとも。
川での釣りでは条件が良かったのかこれまでに無く反応がよく、一時間ほどで3匹も釣る。
大きいもので23センチ、この川で釣り上げたアマゴの中ではこれまでで一番大きい。肉付きもよく、胃にはパンパンに食べたものが詰まっていた。
その嬉しさと興奮で手がふるえてふるえて、捌くのに難儀する。なんとなくだが、狩り暮らしをしていた遠い祖先の血がじぶんのなかで狂喜乱舞しているような気がして、なんだか可笑しくなった。
釣れたアマゴは塩焼きにして猫たちといただいた。
ほんのり甘くてうまいアマゴだった。
マロはもっとくれと騒ぎ、食べものに慎重なよもぎもうまそうに平らげていた。
それにしても、何年か前によく釣れた記憶があるオイカワをここ2〜3年釣っていない。
常に移り変わる自然の中ではいつも新しい発見があり、その発見からまた新しい疑問がうまれ、飽きるということがなく、たのしくてたまらない。
山はもうすぐ春から初夏へ。
by yamataro28
| 2018-05-13 16:30
| 野遊び